第 67 週 平成21年3月8日(日)〜平成21年3月14日(土) 

第68週の掲載予定日・・・平成21年3月15日(日)

みなかみ紀行
(10p目/11pの内)




 挿画 児玉悦夫

 牧水と福田とは八年ぶりの再会だった。酒を追加して白骨温泉逗留から今日までの旅を説明すると、高山に二、三日滞在して行けと言う。いや明早朝出立する、と言い張っていると彼がおこったように立ち上がった。
 『それじゃ宿屋の洒なんぞ飲んでいる暇はない。若山君立った立った
 牧水の手をとって立ち上がらせるとそのままどんどん階段を降りて行く。おかみに何やら一言いうとそのまま外に出て夜の町をずんずん歩いて行って華やかな料亭に上りこんだ。
 土地で随一のしにせでそこの娘が歌を詠むということだ。その娘や芸者をよんで大変なにぎわいになった。
 そこがすんだら、娘と芸者を引き連れて次と、とうとう三、四軒はしごして回って夜明かしの酒になった。結局、一晩のつもりの高山の泊まりが二晩になってしまった。
 次の日は土地の歌人たちの歌会が神社であるというので福田に付き合わされた。もちろんその夜も夜通しの宴会になった。
 三日目の朝、急用ができたという福田の代わりに、前日の歌会に出席していた福田の友人二人が自動車で高山から十六キロ余下った古川町まで送ってくれた。
 車を降りると、二人が『草鞋酒を一杯やりましょう』と、近くの飲食店に誘った。 『王維の詩にあるでしょう。さらに尽せよ一杯の酒。つまり草鞋をはいてからくみかわす別れの杯ですよ』
 牧水が正直にそう思っていると、はいた草鞋をまたぬがされて座敷に上らされた。そうなると『一杯の洒』が二杯三杯となって昨夜と同じ気分になった。
 ほろほろと酔ってきたところにいま別れてきたばかりの福田が加わった。友人二人に電話で呼び出されて自動車を飛ばしてきたそうだ。こうなると四人とも腰がすわる。
 昼が夕方になり、ついには降り出した雨で鮎がやなに落ちるはずだから、と八`余もある『野口のやな』とやらに連れて行かれた。
 とれた鮎をはだ火で焼いて飲むうちに古川町から連れてきた芸者の一人が歌い出した。今日がお披露目だという若い妓でいい声をしている。
 雨は烈しく、くぬぎの枝や葉でふいたやな小屋の屋根からぽたぽた漏りはじめたがそれも一興。峡谷の野宴はいつ果てるともしれなかった。

 時雨降る野口の簗の小屋に籠り落ち走る鮎を待てばさびしき

 おほきなる鯉落ちたりとおらび寄る時雨降る夜の集のかがり火

 その夜は四人とも古川町の夜のない館に泊まり込んでしまった。


 十月二十一日の朝になった。さすがの福田らもそうそう暇ではない。三人して早々に高山町に帰って行った。
 牧水も十八日宵に福田に再会して四日目だ。高山町と古川町で一泊ずつ、道草を食ってしまった。二十三日の長野市での歌会に間に合うようにするには船津町まで出ておかねばならない。昨日からの雨が降り続くなかをひと
り宿を出た。
 古川町は高山盆地の北に連らなる盆地の中心地。船津町に行くには日本アルプスの一部、飛騨山脈の支脈にあたる名代の難所神原峠を越えねばならない。
 この峠道にかかると雨はいっそう烈しくなって来た。そのうえ峡谷から吹きあげる風に洋傘をとられそうになる。牧水はこういうこともあろうかと、古川町で買って来ていた一位笠をかぶって背をここめて歩いた。
 身には油紙とござの雨具をまとっているが、笠と雨具のすき間の首筋を雨水が容赦なく伝わる。奥飛騨の十月下旬の雨は冷たい。凍ごえて皮膚の感覚を失っている。
 心細いよ一位の笠に
 おつる時雨の船津越え
 白骨温泉湯治中に聞きおぼえた伊那節に、即興の歌詞をつけて歌いながら滑る足元を用心しつつ赤土の山路を急いだ。やがてはその歌声も涙声に変わっていった。
 神原峠をようやく越え、神岡村を過ぎて船津町に着いたのは午後五時過ぎ。精も魂もつきはてて旅館柿下屋に草鞋をぬいだ。
 その夜は晩酌もほどほどに早くから床についた。船津から約四十二`もある笹津まで歩いて午後四時五十分発の軽便鉄道の終列車に飛び乗らなければ明晩の宿泊地富山市に辿りつけない。
 二十二日は朝と昼の握り飯を用意してもらって未明に宿を出た。その握り飯を頬ぼりながら道を急いだかいがあって軽便の時間に間に合った。そして富山駅前の旅館に一泊、翌二十三日、北陸線で午後二時には長野駅に着いた。
 長野市には白骨温泉で別れた中村柊花ら創作社友が待ち構えていた。歌会のあとはまた酒。二十八日に木曽を経て東海道線の蒲原まで行き、呼び寄せていた喜志子と一泊して二十九日に沼津在のわが家に帰った。
 九月十七日に上京してから四十三日間に及ぶ長旅であった。
 『平賀君、昨日、帰って来た。飛騨から越中を歩いて再び信州に入り、木曽を経て来たのだ。随分無理して来たが、割に元気なようだ。これで持ち直してくれると難有い。帰って見ると富士が真白で、名物の西風が家を揺すっている。まだ旅の心地だ』
みなかみ紀行
(11p目/11pの内)




 挿画  児玉悦夫
伊豆の温泉
(1p目/5pの内)




挿画 児玉悦夫

 年ごとに年の過ぎゆくすみやかさ覚えつつ此処に年は迎へつ

 あさはかのわれの若さの過ぎゆくとたのしみて待つこころ深みを

 白骨温泉湯治から帰って以後は旅に出ることもなく家族とともに平穏に十年を送り十一年を迎えた。『年ごとに−』はその年賀状に印刷したもので、静けき心を望む思いがつのっていた。
 この年も牧水は元日朝早くから家を出た。狩野川口から船に乗って伊豆土肥温泉の土肥館に行った。正月の来客を避けるのと、正月の初めにはもう梅の花がほころぶ土肥で新聞、雑誌の選歌をするためだった。

 この梅はものをかもいふ居向ひて久しくみれば花のかはゆき

 静かで暖かい温泉宿で牧水の仕事は渉っていた。だが、留守居の喜志子は四人の子供をかかえて必ずしも楽しい新春とは言えなかった。牧水の性格も仕事の特質も理解していてもまだ彼女も若い。胸に波立つ思いをすることがあっても不思議ではない。
 八日には、ひとり居を楽しんでいる牧水をなじる喜志子の手紙が土肥舘に届いた。
 牧水は中っ腹の思いで読んだ。しかし、相手の身になって考えれば、仕事とはいえ一家の主人が雑煮祝いもそこそこに温泉行きとは随分身勝手な振舞いでもある。
 さりとて言いわけするのも大人気ない。ざれ言の葉書で喜志子の、こ機嫌をとりむすぶことにした。

 『たれやらがひとりおこりてひとりなくひとりおもへばおもしろきかな
 やァやァのやッこらやァのやァなればみんなおそれてすくみをるべし
 いっそのことどうだまこみこよびつどへしやッちょこだちでもやらかせ々々』 

 こう書いて余白に喜志子とみさき、真木子の三人がしゃちほこ立ち、その下に赤ん坊の富士人が横になっているざれ絵を描き加えて出した。
 『まこみこ』は真木子とみさきの愛称だ。
 これでは喜志子も苦笑のほかはない。気がなごんだついでに夫の宿をたずねることにした。

 我妹子が明日を船出しわれを見に来むといふ今宵風吹き立ちぬ
 冬の西風は伊豆の名物だ。喜志子が土肥温泉を訪れた十一日は風はおさまっていたものの、前日の風波の名残りで船が大きく揺れた。船中血ヘどを吐いて夫の宿についた彼女の顔色は死人さながらで牧水を驚かした。
 翌朝は凪だった。牧水はもう一日と、滞在を勧めたが明日の海が恐いと喜志子が同意せず、二人してこの日沼津在に帰った。

 土肥温泉から帰って間もなく牧水一家全員が病床につく騒ぎが起きた。
 牧水がまず二十三日から発熱、四〇度を超す高熱が一週間も続いた。土肥温泉滞在中に腹ぐあいが悪いので土地の医者に診察を受けたところ条虫が寄生しているという。
 沼津の主治医稲玉病院の塚田静保医師にみてもらい二十三日に入院になった。ところが当日になって突然発熟した。当初は原因がわからず医師三人が立会で診察する騒ぎになったが結局、流行性感冒とわかった。
 牧水の容態はよくなったが、今度は喜志子と四人の子供に感染して全員寝込む始末。熱が下がった牧水が看病するうちまたぶり返してしまった。
 それも二月上旬には全員全快した。
 三月二十八日には伊豆湯ケ島温泉に出かけ二軒ある温泉宿のうちの湯本館に泊まった。ここには昨年三月、妻の産前の健康状態を気つかって九州旅行を延期した代わりに来て十六日から二十九日まで滞在している。
 宿に着いたら
 『去年もちょうど山桜が咲く今頃においでになりましたねえ』
 と、女中たちが笑顔で迎えた。それは彼女らの思い違いだ。昨年は今年よりも十二日程も早かった。だからソメイヨシノよりずっと早く開花する山桜もつぼみのままだった。
 湯ケ島温泉は、東海道線三島駅で分岐する駿豆鉄道に乗り換えて終点大仁駅で下車、乗合の馬車か自動車で十六キロ余、片登りの道を登って行った天城山の北麓にある。
 去年は咲いていなかった山桜が、今年は花ほころばせて迎えてくれた。山桜は宿場近くからはずれの急傾斜の山と渓谷に点々としてうすいろの花を見せている。
 そのみずみずしい姿態が、去年の春も牧水に故郷坪谷の山々を思い起こさせた。南国日向の山桜は温暖な伊豆地方より一足早い。三月中旬には満開になる。
 湯ケ島にはもちろん仕事をかかえてきたのだが、山桜に誘われてあたりを散策する時間も多かった。宿の主人と郵便局の息子の二人に案内されて天城山に登った日もある。
 天城連山の最高峰万三郎岳(一、四〇六b)にはさすがに登れなかったが旧噴火口の跡という八丁池までは登った。池の水はあくまで澄んでいて飲んで構わぬと言う。牧水は水面に直接ロをつけて存分に咽喉をうるおした。
 そのあと水際の枯草を敷いて昼の野宴を催した。折詰料理と酒、ウイスキーが持ち出された。牧水は自分用の酒の四台瓶だけで足りずに二人用のウイスキーにも手を出した。
 富士山から箱根連山、愛鷹山を望む山頂を吹く風は冷たく酒の回りがにぶかった。

   
つづき 第68週の掲載予定日・・・平成21年3月15日(日)

伊豆の温泉
(2p目/5pの内)





挿画 児玉悦夫
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